2011年 06月 04日
2週連続の赤岩
5月27日、2週連続で、Saさんと二人だけで小樽赤岩へ。

何処の岩も山岳会らしき人たちで、賑わっている。
とりあえず、最初に中チムニー岩をマルチピッチで登る。
ここは1ピッチで登りきれる岩だ。
もちろんお初のコースだ。

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今日はあくまでも、アルパインの練習。
リードの心構え、ビレイ・確保などなど。

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次の岩は、なんと言う岩か忘れてしまった。
取り付きは、ハング気味の細いクラックで、宙にぶらさがるように登る。

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登りきれば、バンド気味の足場に到着。
2ピッチ目からは、スラブ状のやや斜度が緩い岩だ。
とは言うものの、角度にして70度はあるかもしれない。
最後の3ピッチは、途中ハングになっているところを通過。
何とか無事に到着。

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下りは、懸垂下降で一気に底まで降りる。

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まだまだ覚えることが山ほどある。
Saさん、今日も1日ありがとうございました。
懲りずにまたお願いいたします。
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# by kitaironoyama | 2011-06-04 16:28 | 登山 | Trackback | Comments(0)
2011年 05月 23日
初外岩・・・
仙台震災派遣後、初外岩として赤岩に行ってきた。

メンバーは、いつものP組級長のSaさんをリーダーに、紅一点Ma先輩、頼もしい兄貴Iwさんの総勢4名。
今回は、岩に親しむならぬ、触れるがモットー。

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天気は曇り、海から吹き上げる濃霧で赤岩は幽玄美に染まる・・・まるで中国の枯山水の如く。

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一発目は、トリコニールート。
昨年は、1回でクリアーしたものの、今年は一発目でつまずいた。
冷たい岩で、指先が冷えて感覚マヒで登りきれずに途中でリタイア。
その後、Maさんが挑戦してクリアー。
その姿に火が着いた。
再度、挑むと、何とかクリアー。
この時点で、修行が足りない事を認識。
続いてIwさん、Saさんが続き、全員クリアー。
めでたし、めでたし。

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次に、4段テラス。
ここは、全員難なくクリアー。

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最後は、またトリコニーへ戻り、今度はバンド?ルートを目指す。
リード訓練も兼ねて、アルパイン・マルチピッチ方式でのダブルロープ登攀。
これはアルパインクライミングの基本なのでしっかりと勉強。

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途中、おやつタイムにIwさん特製のコーヒー、そしてランチは、これまた特製の中華三昧ラーメン。
今日は、肌寒い日だったので身に沁みるくらいとても美味しかった。
Iwさん、準備ありがとう。

そうこうしているうちに、時計はもう3時を回っていた。
今日は、これで終了して帰宅の途に・・・。

何だかんだも充実した1日に皆さん感謝です。
また次回も、よろしくお願いします。
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# by kitaironoyama | 2011-05-23 20:26 | 登山 | Trackback | Comments(4)
2011年 05月 08日
仙台復興派遣終了
1回目の派遣帰還後、翌週に最後の派遣で再度仙台に向う。
空路で新千歳から山形へ、そして仙台に・・・

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およそ8日ぶりの仙台被災地は、相変わらず悲惨な状況は変わらない。
だが、少しずつではあるが復興の兆しが見え始めた。

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津波で流された大量の車が、撤去され始めている。
津波のあった蒲生地区の海岸公園に一時保管で整然と並べられた車。

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被災家屋も徐々に撤去され始めている。
痛々しくも、基礎だけが残されている。


とにかく、時間と労力が必要という状況には変わらない。
だんだんと変わりゆく街並みと同時に、みんな元気を取り戻しつつある。
いつもと変わらず、黙々と復興作業に専念する。

やがて最終日を向かえ、後ろ髪惹かれるおもいで被災地を後にする。
あ~、まだ遣り残している事がかなりある。
あとは、全国から派遣された人たちにバトンタッチしよう。

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帰路は、車両を回収して仙台港から苫小牧へとフェリーで移動。

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交代で派遣から戻る自衛隊たちも一緒のフェリーだ。

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港を離れ、防波堤の先端にある灯台が傾いている。
津波の傷跡がここにも・・・。

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そして、仙台港をあとにして、夕陽に照らされる人影のシルエット。

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それぞれの思いを乗せ、フェリーは港を離れていく。

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そして翌日、苫小牧港に着いて、最後の役目を終えて家路に着いた。
終えてみれば、長いようで短い復興派遣だったように感じる。

あとは時間が解決してくれることだろう・・・。
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# by kitaironoyama | 2011-05-08 01:11 | 日常 | Trackback | Comments(8)
2011年 04月 26日
東日本大震災 in 仙台派遣
2011年4月13日~21日(移動日含む)
仙台の被災地若林区と宮城野区へ派遣される。
交通手段は、行きはフェリー。
全道各地から派遣される消防隊も被災地に向うらしい。

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仙台港に着くや、いきなりこの状況。

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コンテナは散乱、大型タンカーは陸に乗り上げていた。

津波による被害が大きかった若林区と宮城野区は、家も車も木々も根こそぎ流されている。

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辛うじて残っている家でも、1階部分は全滅。
殆どの家屋は、消失。

広大な田畑には、ガレキや車、もぎ取られた大量の木々で散乱。
電柱は、根元から折れて倒壊。
道路はあちこちで陥没。
まるでこの世のものとは思えない地獄の様相。
見るからに悲惨な状況だった。

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神がかり的なものも垣間見る。
祠の周囲は根こそぎ流されていたにもかかわらず、
なんとこれだけの津波に耐えた祠があったのだ。
まさに神がかりとしか思えない。

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被災者ではない自分ですら、この状況を見るや否や、何故か目に涙が・・・
それだけに被災された人たちを思うとやりきれない思いだ。

その中で、必死になって遭難者を探している自衛隊や消防レスキュー隊、そして警察管たち。
身体を酷使しながらの作業に頭の下がる思いだった。

その陰で、黙々と被災者宅の清掃作業に徹しているボランティアの人たち。
懸命の作業にまたも頭が下がる。

我々は、いったい何をすべきか・・・
被災地の辛うじて全壊を免れた家屋の中の残骸を外へ運び出し、それをプレス収集車に積み込む。
そして、道路脇に大量に積み上げられた家財道具のガレキの山も積み込む。
水分を含んだ大量の畳はハンパな重さではない。
不燃物と可燃物をより分けながらの作業が延々と続く。

しばらくは、このような作業。

後に、大型ダンプ車にもコンクリート・屋根瓦・ブロック塀などのガレキ類を積み込み埋立地へと搬送。
そういった繰り返しの作業も続いた。

やがて、一週間が経ち、次の班の交代となり、作業の引継ぎを行う。
その後、自分達の班は一時帰還することになる。

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帰路は、山形空港から新千歳に向かい家路に着いた。

だが、その後一週間後には再び仙台へ派遣される事になっている。
仕事の一環とは言え、とにかく少しでも復興の手助けになれればとの思いで作業に専念しようと思う。
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# by kitaironoyama | 2011-04-26 02:21 | 日常 | Trackback | Comments(4)
2011年 04月 12日
被災地災害復興へ
この旅、一定期間の予定で仙台に被災地復興作業に派遣されることになりました。

多分GW過ぎに帰還予定です。

とにかく少しでも早く復興されるように頑張って作業していこうと思います。

しばらくの間、ご無沙汰になりますが、よろしくお願いします。

                             宮王。

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# by kitaironoyama | 2011-04-12 21:14 | 日常 | Trackback | Comments(4)
2011年 03月 14日
東日本大震災
阪神・淡路大震災・・・それ以降、二度と起こって欲しくなかった出来事。
東日本大震災が起きた。

M9.0・・・地滑りによる、とてつもない巨大地震。
世界最大級と伝えられた。

被災で亡くなった多くの人たちは、大津波による水害だ。
日を追うごとに、犠牲者の数は益々増え続ける。

そして、現地では地獄と化した惨状に・・・。

とにかく、被災者に対しお見舞いを申し上げるとともに、いち早い復興を願うばかり。

何もできない自分にできる事の第一歩として、義援金を送りたい。
そこから、何ができるかを考えたいと思う。
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# by kitaironoyama | 2011-03-14 21:26 | 日常 | Trackback | Comments(2)
2011年 02月 28日
羊蹄山とアンヌプリ・・・
土日の2日間、Yちゃんパーティー9名で羊蹄山とニセコアンヌプリに行ってきた。
今季2回目の山スキーの自分は、ホント情けないほど見苦しい滑りだった。
何故か全く滑れないのだ。

1日目は羊蹄山を滑る。
自分の登りは、前半スローペース。
後半ガンガンペース。
自分はどうやら、スロースターターのようだ。
下界は、晴れていたようだが中腹から上部は、強風吹く。
Co1300m付近で、滑走下山。
積雪30~50cmの重めの雪。

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下山後は、「京極温泉」へと向うも閉館。
山荘へ向う途中の「綺羅の湯」で湯に浸かる。
その後は、某山荘を借り切っての宴会で一泊。

翌日は、日帰りのT田さん合流して10名で五色温泉からアンヌプリ目指して登る。
稜線からは、カリカリの雪面に四苦八苦。
スキーアイゼン装着するひとが続出。
自分は、装着せずに登る。
積雪は20cmのやや重めのパウダー。

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途中トラバースする斜面では、雪面もクラスト気味。
まるでブリザートのように強風の暴風雪が吹き荒れる。
手袋を脱げばたちまち凍傷するのではないか思われる。
そのぐらい体感温度は低いかもしれない。
360度、何処を見てもホワイトアウト。
滑り降りる斜面も見えないほど。
山頂直下付近まで来たが、この先のトラバース斜面がどうも嫌らしい。
暖気でカリカリになった上に前日からの積雪で表層雪崩が予想される。
所処、斜面が割れているのだ。
これ以上は無理せず、カリカリの尾根を慎重に滑り下る。
緩斜面からは、五色温泉まで一気に滑走下山で終了。
下山後は、五色温泉で一風呂浴びて家路につく。
次週は何処へ・・・

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ここ数年、どうもしっくりこない自分がいる。
年々スキーが下手くそになる始末だから手に負えない。
分かっているはずなのに、滑りの基本を忘れてしまっているのかもしれない。
若い頃は、深い雪面もカリカリ雪面も難なくがむしゃらにバンバン滑っていたのに
今じゃ、滑りを忘れたかのように、全く滑れない。
自分でも、どうして?っと不思議に思う。
何故か恐怖心が先にたって、気持ちが折れてしまっている。
「今季2回目だし、板はゲレンデ用を流用しているから・・・」などとごまかしている自分が腹立たしい。
何とか克服しないとなぁ~。。
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# by kitaironoyama | 2011-02-28 19:11 | 登山 | Trackback | Comments(2)
2011年 02月 18日
町内排雪・・・
先週、大雪で大変だった我が町内で排雪が始まった。
朝から重機が盛んに動き回っていた。
例年にない大雪で、かなり手こずっているようだ。
道路両脇の雪山が高すぎて、ロータリー除雪車が小さく見える。

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ロータリー除雪車がダンプカーに次々と雪を放り込む。
10mも進まないうちに、ダンプの荷台はいっぱいになる。

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排雪がさっぱり進まないうちにやがて夕方になる。
夕闇迫る頃、タイヤショベルの除雪車が、忙しく動き始めた。

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次に、段差やこぼれた雪などを処理するポクレンが稼動し始めた。

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夜8時過ぎでどうやら、今日の作業は終わり、明日再開するようだ。
一町内会で、例年だと3日間ほどで終了するところだが、
結果的には大雪のため1週間ちかくかかっていた。

とりあえず、自宅前は雪が無くなりすっきりした。
それにしても、今年は雪が多い年だった。
って言うか、まだ冬は終わっていない。
あとどのくらい降るんだろう。
山だけ降ってくれりゃ申し分ないのになぁ~。
冬山歩きの楽しみがあるし・・・。
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# by kitaironoyama | 2011-02-18 22:40 | 日常 | Trackback | Comments(5)
2011年 02月 11日
沖里河山~イルムケップ山へ
先週末の土曜日、山仲間のYちゃんをはじめ、女性2名含む総勢7名で深川の沖里河山~イルムケップ山へ
山スキーに行ってきた。

高速道路利用で、一路深川インターまで走るが肝心の天気は雲行きが怪しい。

すでに廃業した深川スキー場跡からのスタートだが、その面影は何一つ見当たらない。
いつ廃業したのかも記憶にない。

只、唯一記憶に残っているのは、なだらかな緩斜面のゲレンデ跡だけだった。
現在は、スキー場上部の裸地に植林跡があるだけだ。

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何処までも続く緩斜面を黙々と登る。
ラッセルは多くて脛までだが、雪は少し重めだ。
パウダーとは程遠いのが惜しい。
勿論、交代でのラッセルが続く。

ラッセルする体力には問題ないが、恥ずかしいことに靴ズレ気味で物凄く足が痛い。
今日の山スキー山行・・・ツボでの山登りは、やっていたが、実は今シーズン初だった。
どうも足が靴に馴染まない。
今までと違う箇所が痛むのだ。
毎年違うから厄介。
これほど憂鬱なものはない。
とりあえず、第一関門の沖里河山までは、何とか辿り付く。

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ここからが問題だった。
痛む足でイルムまで行こうか悩んだが、とりあえず行ける所まで行こうと腹を決める。
だが、だんだんメンバーの列から離されていく。
交代でラッセルしようにも、先に追いつかないのだ。
登りに差し掛かると、何とか列に追いつくが下りで離されてしまう。
その繰り返し状態で登り続け、何とかイルムケップ山に辿り付いた。
肝心の足は、痛みを通り越して痺れてきた。
救いは有り余ってはいないが、体力だけはまだまだ残っている事だった・・・

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帰路もほぼ同じルートを辿りながら戻るが、さすがに痛みに辛いものがあった。
途中、無名山を通過したあと、短いがちょっとした一枚の深雪バーンの急斜面で皆思い思いに滑る。
自分はというと、どうも下りになると足が痛いのでゆっくりと滑る。

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後は、沖里河山から一気にスキー場跡の緩斜面を滑り降りてゴールとなる。

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そして、イルムの湯で靴擦れで沁みる足を我慢して温泉に浸かり、帰路となる。
おしまい。

最後に一言、メンバーには大変ご迷惑おかけして申し訳なかったと反省しての一日だった。
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# by kitaironoyama | 2011-02-11 18:12 | 登山 | Trackback | Comments(2)
2011年 01月 30日
仕事・・・そして帰宅すると。。
久々の晴天で、先日仕事場から見えた風景といえば、樺戸山塊のピンネシリと増毛山塊の暑寒別連山。
携帯カメラなので、あまり良く見えないのはご勘弁。
そういえば、夕張岳や芦別岳も見えていた。
反対方向には、手稲山も。

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その後、仕事を終え帰宅すると我が家の前の道路脇に大きな雪山ができていた。
車1台しか通れない狭い道路の厚くなった路面を削ってロータリー除雪車でカキ上げたようだ。
結果的には、厚かった路面の雪は無くなったが、道路幅は益々狭くなった。
我が家の前面道路は道路復員12mなのに車1台分の幅で両脇は、5mの雪壁となった。
もう捨てる場所も無く、途方に暮れそう。
その後降った雪をあの高い雪壁の上にカキ上げるが、かなり苦労する。
あとは、町内排雪まで我慢するしかないようだ。

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向いの家は、2階の窓しか見えない・・・
とにかく、このまま少雪で治まればいいけど・・・

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# by kitaironoyama | 2011-01-30 19:02 | 日常 | Trackback | Comments(6)