カテゴリ:日常( 39 )

2015年 12月 05日
再びブログ始めようかな・・・
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ホームページもブログ、もう何年滞っているだろうか・・・
せめて簡単にアップできるブログだけでもアップしようかな・・・
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by kitaironoyama | 2015-12-05 17:40 | 日常 | Trackback | Comments(0)
2013年 01月 01日
2013年 元旦
昨年はいろいろとお世話になりました。
今年も宜しくお願い致します。


全くと言っていいほど、ブログとHPを更新していないのが悩みの種。
気長にも程がありますが、そこのところは勘弁を…。

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by kitaironoyama | 2013-01-01 02:34 | 日常 | Trackback | Comments(0)
2012年 01月 01日
新年明けましておめでとうございます。
新年あけましておめでとうございます。

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昨年は、国家を揺るがす大惨事、「東日本大震災」が3月11日にありました。
しかも、その後の福島原発事故とたて続けに…。

私的ではありますが、4月から5月連休明けまで仙台市へ延べ3週間ほどの震災復興支援派遣となり、
ガレキ処理のお手伝いをさせていただきました。

実際に目の当たりに見たあの惨状は、今でもはっきりと脳裏から離れません。
明日は我が身…。
そんな思いがよぎるのです。
被害に遭われた方々には、いち早い復興を遂げられる日が来ることを願いたいと思います。

そんな事もあり、好きな山・沢・岩登りには少し出遅れましたが、それなりに充実した一年でもありました。
仕事上では、初めてリーダー的立場に立たされ、毎日が四苦八苦の連続。
思うようにならない厳しい立場に追いやられることもしばし・・・。
自分でも気が付かないうちにストレスが溜まっていたようで、時々、週末休みに脱力感を感じる時もありました。
ただ救いは、黙々とジムで汗を流し、好きな山に行くことが唯一の気晴らしでした。
そんな時、良き山仲間のありがたさを痛感しています。
あ~、やっぱり気の合う仲間が居るっていいなぁ~って思いながら、今日に至っています。

皆さま、本当にありがとうございます。
今年も、公私共々お世話になりますがよろしくお願いいたします。
そして、皆さまにとって良き素晴らしい一年でありますように…。


                                       2012年 元旦
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by kitaironoyama | 2012-01-01 01:06 | 日常 | Trackback | Comments(10)
2011年 06月 25日
マジ顔で、しゃべり出す同僚
タイトルどおり、マジメな顔してブツブツとしゃべり出した同僚のお話です。

以前、復興支援の仙台派遣での出来事。
派遣初日に滞在していた被災地そばの清掃工場での話。
まず、その同僚はY氏としておこう。

そのY氏、トイレに大をしに行った時の恐るべし信じがたいお話だ。
まず、Y氏は洋便器に用を足そうとズボンを下げて座った。
ココまでは極当たり前の話。
問題はここからだ。

いきなり、ドアを「ドンドンドン」・・・けたたましく叩かれる音。
Y氏は、驚いてドアを逆にノックして「今入ってまぁ~す。」と叫んだそうだ。

それでも、相変わらず無言でドアを叩き続ける。
ふっと、足元を見ると女性用のサンダルがドアの下から少しだけ見えていたという。

何か非常事態でもあったのかと思い。
用も足さずに、すぐに脱いでいたズボンを履きなおし、鳴り止まないドアを叩く音とともに、
ドアの外に飛び出た。

ところが!すでにその女性と思われる人物は何処にも居なかったそうだ。
しかも、そんな事が、立て続けに二度゙続いたもんだから、Y氏はかなりビビッていたのだ。

あとで聞いた話では、その工場の近くまで200人近くの遺体が津波に流されたそうだ。

きっとその一部の霊が、「津波がくるよ~、早く逃げないと~」とでも言いたかったのだろうか?
それは定かではないが、その霊本人は自分が死んでいる事を自覚していないのかも知れない。

信じるか信じないかは貴方次第ですが・・・。
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by kitaironoyama | 2011-06-25 22:09 | 日常 | Trackback | Comments(4)
2011年 05月 08日
仙台復興派遣終了
1回目の派遣帰還後、翌週に最後の派遣で再度仙台に向う。
空路で新千歳から山形へ、そして仙台に・・・

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およそ8日ぶりの仙台被災地は、相変わらず悲惨な状況は変わらない。
だが、少しずつではあるが復興の兆しが見え始めた。

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津波で流された大量の車が、撤去され始めている。
津波のあった蒲生地区の海岸公園に一時保管で整然と並べられた車。

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被災家屋も徐々に撤去され始めている。
痛々しくも、基礎だけが残されている。


とにかく、時間と労力が必要という状況には変わらない。
だんだんと変わりゆく街並みと同時に、みんな元気を取り戻しつつある。
いつもと変わらず、黙々と復興作業に専念する。

やがて最終日を向かえ、後ろ髪惹かれるおもいで被災地を後にする。
あ~、まだ遣り残している事がかなりある。
あとは、全国から派遣された人たちにバトンタッチしよう。

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帰路は、車両を回収して仙台港から苫小牧へとフェリーで移動。

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交代で派遣から戻る自衛隊たちも一緒のフェリーだ。

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港を離れ、防波堤の先端にある灯台が傾いている。
津波の傷跡がここにも・・・。

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そして、仙台港をあとにして、夕陽に照らされる人影のシルエット。

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それぞれの思いを乗せ、フェリーは港を離れていく。

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そして翌日、苫小牧港に着いて、最後の役目を終えて家路に着いた。
終えてみれば、長いようで短い復興派遣だったように感じる。

あとは時間が解決してくれることだろう・・・。
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by kitaironoyama | 2011-05-08 01:11 | 日常 | Trackback | Comments(8)
2011年 04月 26日
東日本大震災 in 仙台派遣
2011年4月13日~21日(移動日含む)
仙台の被災地若林区と宮城野区へ派遣される。
交通手段は、行きはフェリー。
全道各地から派遣される消防隊も被災地に向うらしい。

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仙台港に着くや、いきなりこの状況。

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コンテナは散乱、大型タンカーは陸に乗り上げていた。

津波による被害が大きかった若林区と宮城野区は、家も車も木々も根こそぎ流されている。

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辛うじて残っている家でも、1階部分は全滅。
殆どの家屋は、消失。

広大な田畑には、ガレキや車、もぎ取られた大量の木々で散乱。
電柱は、根元から折れて倒壊。
道路はあちこちで陥没。
まるでこの世のものとは思えない地獄の様相。
見るからに悲惨な状況だった。

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神がかり的なものも垣間見る。
祠の周囲は根こそぎ流されていたにもかかわらず、
なんとこれだけの津波に耐えた祠があったのだ。
まさに神がかりとしか思えない。

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被災者ではない自分ですら、この状況を見るや否や、何故か目に涙が・・・
それだけに被災された人たちを思うとやりきれない思いだ。

その中で、必死になって遭難者を探している自衛隊や消防レスキュー隊、そして警察管たち。
身体を酷使しながらの作業に頭の下がる思いだった。

その陰で、黙々と被災者宅の清掃作業に徹しているボランティアの人たち。
懸命の作業にまたも頭が下がる。

我々は、いったい何をすべきか・・・
被災地の辛うじて全壊を免れた家屋の中の残骸を外へ運び出し、それをプレス収集車に積み込む。
そして、道路脇に大量に積み上げられた家財道具のガレキの山も積み込む。
水分を含んだ大量の畳はハンパな重さではない。
不燃物と可燃物をより分けながらの作業が延々と続く。

しばらくは、このような作業。

後に、大型ダンプ車にもコンクリート・屋根瓦・ブロック塀などのガレキ類を積み込み埋立地へと搬送。
そういった繰り返しの作業も続いた。

やがて、一週間が経ち、次の班の交代となり、作業の引継ぎを行う。
その後、自分達の班は一時帰還することになる。

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帰路は、山形空港から新千歳に向かい家路に着いた。

だが、その後一週間後には再び仙台へ派遣される事になっている。
仕事の一環とは言え、とにかく少しでも復興の手助けになれればとの思いで作業に専念しようと思う。
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by kitaironoyama | 2011-04-26 02:21 | 日常 | Trackback | Comments(4)
2011年 04月 12日
被災地災害復興へ
この旅、一定期間の予定で仙台に被災地復興作業に派遣されることになりました。

多分GW過ぎに帰還予定です。

とにかく少しでも早く復興されるように頑張って作業していこうと思います。

しばらくの間、ご無沙汰になりますが、よろしくお願いします。

                             宮王。

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by kitaironoyama | 2011-04-12 21:14 | 日常 | Trackback | Comments(4)
2011年 03月 14日
東日本大震災
阪神・淡路大震災・・・それ以降、二度と起こって欲しくなかった出来事。
東日本大震災が起きた。

M9.0・・・地滑りによる、とてつもない巨大地震。
世界最大級と伝えられた。

被災で亡くなった多くの人たちは、大津波による水害だ。
日を追うごとに、犠牲者の数は益々増え続ける。

そして、現地では地獄と化した惨状に・・・。

とにかく、被災者に対しお見舞いを申し上げるとともに、いち早い復興を願うばかり。

何もできない自分にできる事の第一歩として、義援金を送りたい。
そこから、何ができるかを考えたいと思う。
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by kitaironoyama | 2011-03-14 21:26 | 日常 | Trackback | Comments(2)
2011年 02月 18日
町内排雪・・・
先週、大雪で大変だった我が町内で排雪が始まった。
朝から重機が盛んに動き回っていた。
例年にない大雪で、かなり手こずっているようだ。
道路両脇の雪山が高すぎて、ロータリー除雪車が小さく見える。

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ロータリー除雪車がダンプカーに次々と雪を放り込む。
10mも進まないうちに、ダンプの荷台はいっぱいになる。

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排雪がさっぱり進まないうちにやがて夕方になる。
夕闇迫る頃、タイヤショベルの除雪車が、忙しく動き始めた。

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次に、段差やこぼれた雪などを処理するポクレンが稼動し始めた。

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夜8時過ぎでどうやら、今日の作業は終わり、明日再開するようだ。
一町内会で、例年だと3日間ほどで終了するところだが、
結果的には大雪のため1週間ちかくかかっていた。

とりあえず、自宅前は雪が無くなりすっきりした。
それにしても、今年は雪が多い年だった。
って言うか、まだ冬は終わっていない。
あとどのくらい降るんだろう。
山だけ降ってくれりゃ申し分ないのになぁ~。
冬山歩きの楽しみがあるし・・・。
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by kitaironoyama | 2011-02-18 22:40 | 日常 | Trackback | Comments(5)
2011年 01月 30日
仕事・・・そして帰宅すると。。
久々の晴天で、先日仕事場から見えた風景といえば、樺戸山塊のピンネシリと増毛山塊の暑寒別連山。
携帯カメラなので、あまり良く見えないのはご勘弁。
そういえば、夕張岳や芦別岳も見えていた。
反対方向には、手稲山も。

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その後、仕事を終え帰宅すると我が家の前の道路脇に大きな雪山ができていた。
車1台しか通れない狭い道路の厚くなった路面を削ってロータリー除雪車でカキ上げたようだ。
結果的には、厚かった路面の雪は無くなったが、道路幅は益々狭くなった。
我が家の前面道路は道路復員12mなのに車1台分の幅で両脇は、5mの雪壁となった。
もう捨てる場所も無く、途方に暮れそう。
その後降った雪をあの高い雪壁の上にカキ上げるが、かなり苦労する。
あとは、町内排雪まで我慢するしかないようだ。

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向いの家は、2階の窓しか見えない・・・
とにかく、このまま少雪で治まればいいけど・・・

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by kitaironoyama | 2011-01-30 19:02 | 日常 | Trackback | Comments(6)